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古い話
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家具、時計、車からジーンズ、それぞれに歴史があり、古い物にはそれ相応の味わいがありアンティークやヴィンテージと称される事も多い。

そもそもアンティークとは1947年10月30日にジュネーブにおいて署名開放されたGATT ( 関税及び貿易に関する一般協定 )に「 現在から100年以上遡る 」と定義されており、アメリカの関税法でも「 100年以上経過したもの 」とされている。
主に家具や食器などにアンティークと称される場合が多いが、実際に実用的な道具としての価値観よりも、芸術品や骨董品として価値が高いと認められる物に対する称号的なもの。

またヴィンテージとは、これもまたアメリカの関税法で「 30年以上100年未満経過したもの 」として定義されています。
もともとはワイン用語として用いられていた言葉で、ぶどうの収穫から醸造、瓶詰されるまでの工程を表している。
語源はフランス語の" vendange "からで、更に遡ればラテン語の「 ぶどうを収穫する 」という意味からきている。

" vine "はつる植物を意味し、ぶどうの事。 " age "は年代や年齢を指す意味合いで、ワインを醸造する年号から" VINTAGE "との説が強い
現代では「 年代物の逸品や、特定の年代に作られた良いもの 」という意味合いで、多種多様の形容の言葉としてワードのように使用されている。

定義からだと、30年未満の物は「 ノスタルジック、レトロ 」と分類される。

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by weindex-end | 2014-08-27 16:45 | ■ YUMIYA
COOTIE Productions 2014AW Collection " ALIVE with PLEASURE "
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COOTIE Productions

2014AW Collection " ALIVE with PLEASURE "

店頭にてルックブック&ポスターを配布致します。

数量限定の為、無くなり次第終了となりますので、予めご了承下さい。

御来店お待ちしております。


- YUMI
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by weindex-end | 2014-08-22 16:02 | ■ YUMIYA
Tシャツな話
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1800年代後半、ヨーロッパのアンダーウェアが起源とされている。

1900年代前半、フランス海軍が使用していた、木綿製のアンダーウェアをアメリカ海軍兵が持ち帰り、肌着として船内で愛用されはじめました。船内での重労働を行うのに軽く、動きやすい、尚かつ洗えば短時間で乾く最適な服として重宝されていました。また着古せばタオルにも使え、時には白旗の役割を果たす事もあったようです。

1913年アメリカ海軍で実用性が認められ採用。
第一次世界大戦中、下着製造会社だったヘインズ社がコブ・シャツ(水兵シャツ)として販売を開始、それが現代のTシャツの原型といわれているが、まだまだアンダーウェアとしてのイメージが強かった。

1930年代には労働者、農民、学生など一般にも普及していったが基本的には白い無地が定番であった。
その後1944年にはアメリカ陸軍でも採用され、軍事品に伴い色目もカーキが規定カラーとなった。

プリントが施されたのは、大学の体育の授業で生徒に貸し出しされたTシャツが、きちんと返却されるように番号をプリントしたのが切っ掛けとされている。
1934年には学校名、校章がプリントされたTシャツが学内の生協で売り出されるようになった。

1950年代になり映画スターのマーロン・ブランドやジェームス・ディーンが、革ジャンやアウターの下にTシャツを着用した事からファッションとして認知されるようになり、不良スタイルとして流行しはじめ一般的になっていった。

その後、プリントを施したTシャツも販売されはじめたが、当時は胸元に文字のみがプリントされるシンプルな物が中心で、1960年代になり、シルクスクリーン印刷、転写技術が可能となり様々なプリント技法が考案され、現代Tシャツの基礎となった。

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by weindex-end | 2014-08-22 15:56 | ■ YUMIYA
ピーナッツな話
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日本ではすこし、馴染みが薄いですが、アメリカのナッツ類市場で幅い広いアイテムラインナップで、最大のシェアをもつ「 PLANTERS社 」

1896年、イタリア移民であるアマデオ・オビッチが19歳の時に露店フルーツ販売で生計を立てていました。

アマデオ青年は、フルーツの売れない時に、当時人気が出始めていた塩ピーナッツをフルーツの片隅でローストしながら販売をはじめます。
その後、評判になり売れ行きが良くなりましたが、手で焼いているのでは、作れる量が限られ売上げも頭打ちになる事から、単純な製造工程でオートメーション化した機械でローストピーナッツを大量生産して薄利多売する事を開始。

これで儲かる事を確信した彼は、フルーツ売りを投げ出しピーナッツ一筋に転身し。
1906年には「 プランターズ・ナッツ&チョコレートカンパニー」を設立。

それに様々なフレーバーを新たに考案してピーナッツの販売で成功の糸口を見出しました。
当時のアメリカでは、現代のスナック菓子のようにピーナッツが人気でした。

フレーバー戦略により会社も軌道に乗り出し、次に企業マスコットを作る事を考え、一般公募によるコンテストを1916年を開きました。
そこで選ばれたのがアントニオ・ジュンティーレという14歳の男子学生がデザインしたピーナッツに手足の生えたシンプルな「 ピーナッツマン 」

だが、あまりにもシンプル過ぎたため、デザイナーを起用しキャラクターの大改造をおこないます。

白い手袋に黒いステッキを持たせ、ハットをかぶり、片眼鏡の元祖「 Mr.ピーナッツ 」がそこに誕生しました。


「 Mr.ピーナッツ 」を率先して広告で売り出す事で、大人から子供までひろく親しまれるキャラクター戦略を開始。

基本的なデザインは当初から変わっていませんが、顔つき、プロポーションは年代とともに少しづつマイナーシェンジをおこなう事で、現代のデザインが完成しました。

「 Mr.ピーナッツ 」を起用したノベルティーグッツも数多く展開、それぞれの年代に合ったデザインやアイテムをリリースし続ける事で、現在ではコレクションするマニアも多数います。

キャラクター戦略を仕掛けたプランターズ社の「 Mr.ピーナッツ 」はそんな先駆けの存在とされています。


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by weindex-end | 2014-08-18 18:27 | ■ YUMIYA
死者の日なお話
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メキシコでは2000年~3000年前、祖先のガイコツを身近に飾る習慣があった。
祖先を身近に飾る事で「死」は恐れるモノではなく。
生があればいずれ、死が訪れる。「死」とは「生」の象徴であり繰り返し行われる一族の繁栄であると考えられていた。
また敵のガイコツはトロフィーの様に扱われていた。


Dia de Muertos (ディア・デ・ロス・ムエルトス)「 死者の日 」
日本のお盆に近い位置付けで、10月31日に前夜祭、翌11月1日と2日に行われるお祝い事。

11月1日には子供の魂が戻るとされ、お供え物にはチョコレート。
11月2日には大人の魂が戻るとされてメスカルなどのお酒に変わる。

あくまでも楽しく明るく祝うのが特徴で、カラフルな衣装のガイコツの人形や切り紙、マリーゴールドの花が街中を彩る。
墓地にも派手な装飾が施され、夜にはバンド演奏なども行われる。

自宅には「個人の遺影」「十字架」「砂絵」「食物」を配置しオフレンダと呼ばれる祭壇があり死者の帰りを待つ。
人々は1年掛けて準備をし、10月の中旬頃には街中が「死者の日」一色となる。

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by weindex-end | 2014-08-14 13:21 | ■ YUMIYA
台風・ハリケーン・サイクロンな話
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台風・ハリケーン・サイクロンな話

日本にとっては身近な存在である台風。
アメリカのニュースで、良く耳にするハリケーン。
日本では、馴染みの薄くあまり聞き慣れないサイクロン。

それぞれの区別としては、どれも強風と豪雨を伴う熱帯低気圧であるが、
それぞれ発生地域により呼び名が異なる。

しかし発生地域により呼び名で分類されるが国際区分を越えて、移動して地域が変わると、その地域の呼び名に変更される。


■ 台風「 TYPHOON 」

ギリシャ神話に登場する最大の怪物デュポン(typhoon)から命名
太平洋、南シナ海で発生した場合。


■ ハリケーン「 HURRICANE 」

カリブ海の邪神ウラカーン(huracan)から命名
大西洋北部、太平洋北東部、太平洋北中部、つまりアジア近辺以外の太平洋で発生した場合。


■ サイクロン「 CYCLONE 」

ヘビのとぐろの意味をもつギリシャ語のkyklon(circle)から命名
インド洋北部、インド洋南部、オーストラリア付近で発生した場合。

台風は、その年に発生した順番で呼ばれるが、ハリケーンやサイクロンは人の名前で呼ばれる。

オーストラリアの気象予報士がつけたのが最初とされ、その名前は、自分が嫌いな政治家からピックアップしたとされている。

また戦時中には、アメリカ海軍の気象学者達が、妻、ガールフレンドの名前を好んでつけたりした時代もあった。

その後、男女同権との観点から偶数年には男性名、奇数年には女性名となってなり、当時の流行の名前が起用されたりした。

呼び名には、「スペルが短い」「呼びやすい」「発音しやすい」のそれぞれ条件がある。

現在では、ハリケーン名リストなるものがあり、6年の周期で使用され6年経つと、また1から繰り返すシステムとなっている。

特に大きな被害をもたらしたハリケーンにつけられていた名前は、永久欠番入りとなりリストから外される。

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by weindex-end | 2014-08-10 12:42 | ■ YUMIYA
TMT 2014 A/W Collection [ TMT RIDERS ]
TMT 2014 A/W Collection [ TMT RIDERS ]

2014 / 8/30 (SAT) デリバリースタート(予定)

今期のテーマは、1960年代後半から1970年代アメリカの若者達のリアルライフ。

アメリカン・ニューシネマに代表されるモーターサークル、ミュージック、ライフスタイルそして戦争など
時代が大きく揺れ動いた、当時のリアルライフをTMTアレンジにて鮮明に描写されている。

映画「 Easy・Rider 」永遠の不良のとして知られるピーター・フォンダ、デニス・ホッパー達の劇中での
スタイルが凝縮されたアイテムも見逃せないみどころとなっている。

また1975年、アメリカ、マサチューセッツ州の首都ボストンにて誕生した「 VANSON 」とのコラボレーションアイテムにも是非、注目して欲しい。

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by weindex-end | 2014-08-09 12:15 | ■ YUMIYA
アヒルちゃんな話
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小さな子供から大人まで愛されている、アヒルちゃん(ラバー・ダック)のお話



ラバー・ダックの歴史は1900年代に開始されたゴム製造と関連し、当初は硬質ゴムで作られていた。

ラバー・ダックを一躍有名にしたのが、1970年にパペットマスター(操り人形師)であり、映画製作からTVプロデューサーまでこなす、ジム・ヘンソンが制作に携わった「 セサミストリート 」である。

その人気キャラクターである「 アーニー 」の愛玩具がラバー・ダックの「 ラバー・ダッキー 」という設定だった。

その「 セサミストリート 」の成功で子供達から人気を集めて大幅に認知されるようになった。
当然、承知の事として「 セサミストリート 」は世界中で放送され、現代でも愛され続けている。

主な製造国である中国から1992年、香港を出港しアメリカのタコマに向かう途中、コンテナ船が悪天候に見舞われ、約30,000個のラバー・ダックを積んだコンテナが大西洋上に落下し破損した。

破損したコンテナから放出されたラバー・ダックは漂流しはじめ、そのまま潮流に乗って南下をはじめた。

3/2はインドネシアやオーストラリア、南米沿岸に漂流したが、残りの3/1は南米から北米の太平洋沿岸を北上しはじめ、1年後にはアラスカでも到達が確認されている。

更に、西へ進路をとったラバー・ダックが日本の沿岸にも漂着し、太平洋をほぼ一周する旅となった。

一部はベーリング海峡を抜け北極海にまで到達した。
その中には、北極海で氷の中に閉じ込められまま、更に移動を続けたラバー・ダックもあったと考えられている。
8年後の2000年に、大西洋海域に到達し水温の上昇から氷から溶け出したラバー・ダックは漂流を再開。

2003年には北米大陸の北大西洋域でも確認された。
また2007年に英国タイムズ紙が、その後イギリス・アイルランド沿岸に進路を進めていると報じた。

このラバー・ダック大航海により海流学者、気象学者達が、世界の潮流の流れが気象に及ぶす研究に貢献すると期待している。

一部のラバー・ダックは、現在も漂流し続けていてアメリカの調査会社により海岸で拾った場合に報奨金を出している。

また、長年漂流し続けたラバー・ダックは紫外線による日焼けと海水中に含まれる塩素により白く退色しているものの、コレクターの間では高額で取引されているものもある。


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by weindex-end | 2014-08-08 13:31 | ■ YUMIYA
マッチなお話
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ジャニーズ事務所所属のタレント近藤真彦氏(マッチ)で話ではなく。。。



火をつける為の道具のマッチ


1827年にイギリスの科学者「 ジョン・ウォーカー 」によって頭薬に塩素酸カリウムと硫化アンチモンを主成分とする摩擦マッチが考案された。
現在のマッチとほぼ同じであったが、火付きが悪いとの評判になり売れ行きも徐々に伸び悩んでいった。

1830年にフランスのソーリアが黄リンを主成分としたマッチを発明した。どんな物に擦りつけても発火する為、急速に普及したが自然発火が起こりやすく、また黄リンが持つ毒性も問題視され健康被害を理由に製造会社の責任問題として社会問題となり1906年には国際会議により黄リン使用禁止条約が採択され、欧米各国で批准した。
しかし当時の日本では有力な輸出商品だった為、条約機構には加盟しなかった。
1921年(大正10年)にようやく日本でも黄リンマッチの製造が禁止されたが、日本において黄リンによる健康被害の実態については、不透明な部分が多い。

その後、頭薬の主成分に赤リンを使用し、赤リンマッチが登場。
1950年代には、頭薬に塩素酸カリウムを使用し、マッチ箱側面のヤスリ部の主成分に赤リンを使用し、擦りつける事で発火するマッチが登場した。

所謂、それが「 安全マッチ 」である。

アメリカでは、摩擦のみで発火するマッチに需要があり、頭薬の上に白色の硫化リンを塗布し擦る事で、発火する硫化リンマッチが今日でも多く用いられている。
ご存知の方も多いと思うが、映画などで良く目にするレザージャケットのジッパーに擦りつけてタバコに火をつけるシーンなどで使用されているのが「 BIRD'S EYE マッチ」である。

また、マッチは一度濡らしてしまうと頭薬の塩素酸カリウムが水に溶け出てしまう為、乾かしたとしても再度使用する事はできない。

各社マッチ箱サイズが、ほぼ同等である事、またどこの家にもマッチがあった事から、大きさの比較対象として、写真を撮る時に被写体の横にマッチ箱を並べて写真を撮影する習慣が各国であった。

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by weindex-end | 2014-08-06 11:54 | ■ YUMIYA
スニーカーなお話
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現代では誰もが一足は所有しているであろうスニーカー。

スニーカーとは地面との摩擦を最適に保つ為に、靴底がゴム底、ラバーを使用した履物の総称。
語源は英語のSNEAK(忍び寄る)から派生している。革靴の硬い靴底と違い、柔らかい素材でできているスニーカーを履けば、後ろから音をたてずに静かに忍び寄る事ができるという事から名付けられた。

1892年に設立された「 USラバーカンパニー社 」から1917年にスニーカーブランドとして誕生したのが「 KEDS 」
現存するスニーカーブランドの中では、最も長い歴史を持つブランドです。
ブランド名の由来は、KIDS(子供)とPEDS(ラテン語で足)のふたつの言葉を組み合わせた造語となる。

また同じくして1908年創業の「 コンバース・ラバー・シュー・カンパニー社 」も1917年にキャンバス素材のオールスターを発売し東海岸の「 KEDS 」西海岸の「コンバース 」並び称された。

当時は、スニーカーの「 忍び寄る 」というイメージを嫌い、良識のある大人達はこれらを「 テニスシューズ 」と呼び、イギリスでは「 トレーナー 」と呼ばれていた。

一般的に流行しだしたのは、1970年代後半、多くの人々がスポーツを楽しみ、勤しむ様になった事がきっかけとなる。
そして1980年代、NBAのスター選手であるマイケル・ジョーダンのスポンサーでもあったNIKEからバスケットモデルの新ラインとして、
シグネィチャーモデルとなる「 Air Jordan 」を発売した事から全世界で知名度を不動の物にした。
当時としては100ドルという高価であったにも拘らず、アメリカの販売店では長蛇の列ができ飛ぶ様な売れ行きをみせた。

そして1990年代にハイテクスニーカーブームが到来しスニーカー専門店や雑誌なども登場し一大旋風となる。
その後、流行や市場支持に合わせた舵取りを各社行う事で、現代を象徴する存在となった。

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by weindex-end | 2014-08-04 13:41 | ■ YUMIYA



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