1896年、イタリア移民であるアマデオ・オビッチが19歳の時に露店フルーツ販売で生計を立てていました。
アマデオ青年は、フルーツの売れない時に、当時人気が出始めていた塩ピーナッツをフルーツの片隅でローストしながら販売をはじめます。
その後、評判になり売れ行きが良くなりましたが、手で焼いているのでは、作れる量が限られ売上げも頭打ちになる事から、単純な製造工程でオートメーション化した機械でローストピーナッツを大量生産して薄利多売する事を開始。
これで儲かる事を確信した彼は、フルーツ売りを投げ出しピーナッツ一筋に転身し。
1906年には「 プランターズ・ナッツ&チョコレートカンパニー」を設立。
それに様々なフレーバーを新たに考案してピーナッツの販売で成功の糸口を見出しました。
当時のアメリカでは、現代のスナック菓子のようにピーナッツが人気でした。
フレーバー戦略により会社も軌道に乗り出し、次に企業マスコットを作る事を考え、一般公募によるコンテストを1916年を開きました。
そこで選ばれたのがアントニオ・ジュンティーレという14歳の男子学生がデザインしたピーナッツに手足の生えたシンプルな「 ピーナッツマン 」
だが、あまりにもシンプル過ぎたため、デザイナーを起用しキャラクターの大改造をおこないます。
白い手袋に黒いステッキを持たせ、ハットをかぶり、片眼鏡の元祖「 Mr.ピーナッツ 」がそこに誕生しました。
「 Mr.ピーナッツ 」を率先して広告で売り出す事で、大人から子供までひろく親しまれるキャラクター戦略を開始。
基本的なデザインは当初から変わっていませんが、顔つき、プロポーションは年代とともに少しづつマイナーシェンジをおこなう事で、現代のデザインが完成しました。
「 Mr.ピーナッツ 」を起用したノベルティーグッツも数多く展開、それぞれの年代に合ったデザインやアイテムをリリースし続ける事で、現在ではコレクションするマニアも多数います。
キャラクター戦略を仕掛けたプランターズ社の「 Mr.ピーナッツ 」はそんな先駆けの存在とされています。
- YUMI
by weindex-end
| 2014-08-18 18:27
| ■ YUMIYA